北沢杏子のWeb連載
第69回 私と性教育――なぜ?に答える 2009年11月 |
知的障害児・者への性教育
―都立七生養護学校小・中・高等部の性教育模擬授業― そのV
■子宮体験袋を使って
先生 この教材「子宮体験袋」をつくるきっかけになったのは、七生福祉園の男の子です。母親から養育拒否をされていて、夏休みも冬休みも家に帰れない状態でした。その子が職員に「お母さんに電話して」と頼んで、職員が電話しても親は会おうとしないのです。
知的障害は軽くて話もいっぱいできる子なのですが、暗い場所が好きだったり、教室の隅でうずくまっていたりで、コミュニケーションに問題をかかえた子どもでした。その子が、「おなかの中のあかちゃんになってみたいな」と言ったので、「わかった、作ってみようね」と、この教材ができたんです。1年間ぐらいは(子宮体験袋の中は)暗くて怖くて入れませんでしたが、2年目に同じ授業をやってみたら入れた。生まれたときに「おめでとう」とみんなに拍手されて、とても嬉しそうでした。
(アーニホールでの模擬授業では、卒業生のやっちゃんが児童の役になって子宮体験袋の中にもぐりこんだ)
先生 さあ、やっちゃんがあかちゃんになって子宮体験袋の中に入りました。やっちゃん、気持ちいい?
児童 うん。暗いけど怖くないよ。
先生 お母さんのおなかの中にやっちゃんがいます。そろそろ生まれるときがきたようです。
(やっちゃん、子宮体験袋の中を移動していく)
先生 お母さん、おなかが痛くなってきた。もしかしたら、そろそろ生まれるのかもしれない。お母さんも頑張ってるよ。もうすぐ!もうすぐ!頭がちょっと出てきたよ。頑張れ。
児童 オギャー!生まれたよ。(笑)
先生 なんてかわいいんでしょう。(笑)
■子宮体験袋の目的と効果について
先生 このように、まわりのみんなに励まされながら、胎児だった頃を体験するんです。これは子どもの言葉、子どもの要求から生まれた教材です。小学部や中学部の段階では、まだ科学的に言葉で教えるよりは、まず「生まれてきて、よかったんだ」ということを伝えたいと思いました。
私たちの学校では隣接の七生福祉園(児童養護施設)の子どももいっしょに勉強しています。その子たちは、必ずしも望まれて生まれてきたのではないという状況があります。その中で“自分が生まれてきてよかったんだ”という自己肯定感を育みたい。
“お母さんに生んでもらった”ということを伝えるのではなく、いちばん大事なのは「自分で生まれるときを決めて、自分で合図を送って、自分で生まれてきたんだよ」ということを子どもたちに伝えたいのです。
お母さんも一生懸命頑張るけれど、それに負けないぐらいあかちゃんも、自分の頭でぐんぐん押して、狭い産道を少しずつ開きながら頑張って生まれてくる。生まれると、お母さんだけではなくて、そばにいるみんなが祝福してくれたという、その感情を伝えたいと、このような授業を展開してきました。
■児童たちの反応は?
先生 どの子どももが、この授業のあと、すごく変わるということはないのですが、 「こころとからだの学習」をする教員の心構えが圧倒的に変わったと思います。
ふだん厳しい先生はどうしても指示語を使って、「それはだめ、これはだめ」と言ってしまいがちですが、この授業を続ける中で「温かい気持ちで授業をしたい、子どもたちを救ってあげたい」という気持ちが生まれ、予想を越えた教育効果が生みだされたと思います。
生育環境に恵まれなくてお母さんと離れて暮らしていた子どもも、あかちゃんになりきって、「生まれるよ」という合図を出していました。そして授業のあと、「ぼく、生まれてきてよかったんだね、先生」と言えるまでになりました。
子どもたちが授業のどこかでそういう気持ちをもってくれたらいい。何年かたってからでもいい、社会に出た後でも、この授業のことを思い出して、「ぼくが生まれるよ」と、自分がお母さんに伝えたのだと、心の中に残っていくといいなと思うのです。
(このシリーズは4回連載の予定です)