北沢杏子のWeb連載
第72回 私と性教育――なぜ?に答える 2010年2月 |
裁判員裁判制度に求められる性犯罪の認識
裁判官3人と市民の裁判員6人が意見を出しあって判決を導く「裁判員裁判制度」施行(2009年5月)後、第1例の8月から半年が過ぎました。実際に始まってみると賛否さまざまな報道がなされていますが、私は「よい制度だ」と受けとめています。例えば2009年11月21日の朝日新聞には、下記のような記事がありました。
「ある裁判所。法廷で判決を被告に言い渡した後、その裁判官は評議室で6人の裁判員に思わず頭を下げたという。『ありがとうございました。(略)私たち職業裁判官だけだったら、あそこまで被告の今後を思いやるような判決は書けなかったでしょう』」と。
同じような例を挙げると、大阪地裁堺支部は強盗致傷などの罪に問われた男性被告(42)に、懲役8年の判決を告げました。これも「50歳までに社会復帰できる希望が持てる範囲内での刑を」との裁判員たちの市民らしい意見によるものだといいます。
従来と違って、即「刑務所行き」の判決ではなく、保護観察官や保護司の監督のもと、社会で暮らす「保護観察」の判決が告げられる例が目立って増えているそうです。
私が代表を務める「性を語る会」主催のシンポジウム『犯罪少年の社会復帰への支援――厳罰化された「少年法」のもとで――』(09年8月22日)のシンポジスト井垣康弘弁護士(1997年の児童連続殺傷事件――いわゆる酒鬼薔薇事件の神戸家裁担当裁判官)は、裁判員制度についてこう述べています。「あの高い裁判官の席に市民の皆さんが一緒に並ぶ制度が始まったことで、裁判官の意識が大きく変わると思われます。(略)大学を出て司法試験に受かって裁判官になったような人は、浮世離れしていきます。市民と一緒というのは勉強になり、画期的だと思うし、これまで司法の場で聞けなかった市民の声が、メディアなどを通じて届けられるようになった。これを機会に裁判官だけではなく、社会も変わるのではないかと期待しています」と。
ただし私が問題にしたいのは、施行後第3例として青森地裁で行なわれた「強盗強姦事件※」(09年8月2日)にみる、強盗致死傷や強制わいせつ致死傷などが、はたして男性の裁判官や男性の裁判員によって正当な刑が下されるか?という点です。日本の強姦罪は、男性から女性に対する腟性交のみが強姦として規定され、さらに女性が性暴力に対して抵抗した証拠がなければ強姦と認められません。しかも「親告罪」で、本人が6ヵ月以内に訴えなければ起訴できないことになっています。
青森地裁の公判で被告側は、「被害者の言動が殺意を誘発した」と主張。法廷は被害者のプライバシーに配慮して、傍聴人の前に姿をさらさないように、法廷とは別室からモニターを通じての「ビデオリンク方式」で被害者の陳述を行ないました。しかし、裁判員はモニターで被害者の発言時の表情なども見ることができ、守秘義務があるとはいうものの漏れる危険性がないとはいえないでしょう。
この青森地裁の強盗強姦事件を傍聴した、“大学時代に3人組の男に車に連れ込まれて被害にあった”という被害女性の1人は、警察での事情聴取で「生きて帰りたかったので抵抗をあきらめた」と答えたところ、「死ぬまで抵抗するはずだ※※」と反論されたといいます。
実際、強姦事件として警察から鑑定を依頼され、被害女性の検診を行なっている私の友人の医師(女性)からも、抵抗した傷跡などの証拠を書面で提出するよう要請されたと憤慨していました。
性犯罪に関して「体は生きていても心は死んでしまうほどの被害であることを、裁判員の皆さんに知ってほしい」と、前述の被害女性は訴えています。
裁判員裁判制度に関して、いま早急に求められているものは、「強姦罪」の改正および被害者への「『夜間の外出』や『服装』が問題」などと指摘しがちな一般社会の偏見をなくし、被害者がためらうことなく被害届や告訴を行なえる啓発にあると言えるのではないでしょうか?
※ 性犯罪のうち、強姦致死傷、強制わいせつ致死傷、強盗強姦などは、裁 判員裁判の2割程度を占めると予測されている。
※※ 強姦罪判例:
A.抗拒を著しく困難ならしめる程度のものたることを要し、かつそれで足りる。(東京地裁)
B.ささいな暴行、脅迫の前に、たやすく屈する貞操のごときは、保護されるに値しない。(福岡高裁)