北沢杏子のWeb連載
第73回 私と性教育――なぜ?に答える 2010年3月 |
「性虐待防止」キャンペーン ――アメリカ・スウェーデンでは――
最近、身近で頻々と報じられている子どもの虐待死事件に、胸が締めつけられる昨今です。
子どもは虐待を受けていることを告げようとしません。まして近親者による性虐待などは堅く口止めされているため、誰にも相談できないでいます。どうすれば子どもの側から助けを求める“開示”が得られるか?私が取材で滞在した1988年に、ニューヨークで見た車内広告を紹介しましょう。
その年の3月、米厚生省が発表した近親者による児童への虐待総数は、前年1年間で1,025,900件。内わけは身体的虐待が50万件、ネグレクトが36万件、性虐待が16万件。結果、軽傷86万人、重傷16万人、虐待死は1,110人にも達したとのことです。同年7月、N.Y市当局は、「性虐待を受けている子ども」の目に直接触れるよう、電車の中吊り広告を開始しました。
父親が女の子のからだに触っているイラストは、クレヨンの色刷り。『パパっ子のチーちゃんには、大変な秘密が……』の見出しのあとには、「いつもからだを触る人がいてイヤな感じという時には、自分だけの秘密にしておかないで、信頼できる大人に告げましょう。“誰も信じてくれないから”と諦めないで、私たちに電話してください。あなたが悪いんじゃないもの、決してウソだなんて言いません」とあり、ホットラインの番号が記されています。
N.Yタイムズ紙によると、この車内広告を始めてから3ヵ月半で1,500件、1ヵ月平均400件もの子どものSOSが、ホットラインにかかってきたとのことです。
続いて車内広告第2弾のイラストは、10代の少女の日記帳に変わり、コピーは『日記帳さん、わたしには誰にもいえない秘密があるの。だから、あなただけに打ちあけるね……』という書き出しで、義父(母親の再婚相手)に性行為を強要されて悩んでいる様子が綴られています。このように、それぞれの年齢にあわせた呼びかけの工夫がなされているのにお気づきでしょう。
同じ年に取材に出かけたスウェーデンの、中央統計局が発表した前年1年間の児童虐待の総数は1,887件。うち性虐待は30.4%で、異性によるもの415件、同性によるもの159件となっており、被害を受けた子どもの平均年齢は10歳――と詳細な報告でした。
この国には子ども救済協会(Rada Barnen)や子どもの権利協会(BRIS)ほか、いくつものNPO団体があり、さらに全国に「子どもオンブズマン」と呼ばれる多勢の民間人がいて、子どもの権利が守られているか、虐待を受けていないかを常時見張り、素早い通報を行なっています。
子どものためのホットラインはBRISに置かれており、その電話番号と、どんなときに電話をすべきかが、学校の性教育の時間に児童たちに知らされます。また、子ども救済協会からは『子どもへの性虐待――誰もが知っておかなければならないこと』というリーフレットが発行され、保護者や教職員に配布されています。
内容は子どもが性的に利用されるのはどういう場合か?誰がするのか?どのようなことをするのか?といった具体的な説明に始まり、被害を受けた子どもに相談されたら、どこに通報すればいいのか?子どもが開示しない場合、その悩みを見抜くには?被虐待児へのケアはどのように行なうべきか?など、きめ細かく記述されています。
日本の場合、児童相談所の子どものためのホットラインや、民間の強姦救援センターなどがあるとはいうものの、こうした具体的な電車の中吊り広告や、性教育の時間に性虐待について教えることを義務づけるなどは期待できないのではないでしょうか。
いや、だからこそ、私たち市民が声を大にして、その必要性を訴えなければならないと思うのです。