北沢杏子のWeb連載

78回 私と性教育――なぜ?に答える 2010年8月

 

障害者はなぜ、人を好きになったり、セックスをしてはいけないのですか?

 つい先月の7月初旬、青森県のある市で「性教育は人権教育」のタイトルで行なった講演のときのことです。対象者は障害者福祉施設に入所している人や通っている人たち80名、施設の職員の方50名で、会場はなんと!シャンデリヤの輝きもまばゆいホテルのホールでした。「わぁ、こんなところで結婚式したいなぁ」と、知的障害があるらしい女性は、うっとりと天井を見上げています。
 たぶん生まれて初めて見た豪華な会場、そして「あなたには結婚なんかできないのよ」と、ふだん親に言われているのでしょう。でも、彼女は何度も「恋愛」「結婚」「わたしの夢」とつぶやき、うっとり見上げるのでした。

 講演が始まる前、車椅子に座った脳性麻痺らしい若い女性が、その不自由な手で、私に手紙を差し出しました。それにはこう書かれてありました。

 障害者はなぜ、人を好きになったり、セックスをしてはいけないのでしょうか?性に対して興味を持ってはいけないのでしょうか?障害者は何なのでしょうか?ロボット?それともペット?
 障害者だって人間です。いっぱい人を好きになったり、愛する人といっぱいセックスもしたいんです。でも怖いんです。安心できない。何か言われる。健常者がうらやましい。何も言われないし、自由に生きられる。障害者同士の恋、障害者同士のセックス、どうすればいい??


 私は彼女に、私が代表を務める「性を語る会」主催のシンポジウム『障害者権利条約と障害をもつ人びとの人権』のときの話をしました。
 そのシンポジウムにスピーカーとして登場した脳性麻痺のまり子さん(32)は、小学校3年生と1年生の男の子を電動車椅子の前後に乗せて颯爽とやってきました。彼女は底抜けに明るくユーモアたっぷりの話し方をする人です。
 養護学校の小学部5年生で月経が始まると、障害児の母親たちの間で「トイレの介助で先生に迷惑をおかけするから、子宮除去の手術をしましょうか」という話が交わされたそうです。
 まり子さん曰く「幸いなことに中等部1年のときに母が亡くなりまして、私の子宮は無事でした。ハハハ……」。やがて、高等部に進んだ彼女は、「障害者の権利」について学習。日本の障害者に対する政策や法律、福祉サービスの不備を糾弾する運動の闘士に成長していきます。
 やがて恋愛し、結婚して妊娠。5ヵ月を過ぎたころ、体調を崩して入院したそうです。相談する相手もいないままベッドに横たわっていると、父親が血相を変えて駆けつけ、大声をあげました。「妊娠しているそうだが、そんな体で子育てができるはずがない。中絶してもらうよう、これから担当医に頼んでくる!」と。
 まり子さんは再びユーモアたっぷりに、会場の人びとに向かって言いました。「幸いなことに、その日は日曜日で担当の先生はお休みだったんですよ。で、またもや胎児は無事でした。ハハハ……」。
 こうして帝王切開ではあったけれど無事に出産。2年後に2人目のあかちゃんを生みます。今回も帝王切開だったのですが、麻酔でぼーっとしているまり子さんの耳もとで、担当医が言ったそうです。「お子さんが2人いるから、もういいですよね?」彼女はぼんやりした頭で、その意味が理解できないまま、頷いてしまいました。すると……、
 その場で卵管結紮をされてしまった。あとで知ったまり子さんは、地団駄を踏んでくやしがりました。「わたしは、5人は生むつもりだったのに!」と。いまは2人の子どもを育てながら、NPO法人“ヒューマンネットワーク”の事務局長という仕事もこなしている“肝っ玉母さん”です。
 しかし、2人目の出産時の担当医は、彼女の意思を確認しなかったという点で、明らかに「障害者権利条約違反」といえます。

 2006年12月12日、国連「障害者権利条約」が採択されました。その23条 家庭と家族の尊重は、「婚姻、家族、親子関係、対人関係に係るすべての事項に関して、障害者に対する差別を撤廃するために有効かつ適切な措置をとる」ことを規定しています。
 私は青森県の講演の場で、まり子さんのケースを話したあと、車椅子の若い女性からの手紙を読み上げました。
 そう、障害者であってもお互いに愛しあい、セックスを楽しむ権利があるのです。「あなたも、障害のある仲間たちの先頭に立って、その権利を表明していこうね」と、私は彼女の手を握りました。彼女の瞳から大粒の涙があふれ、次にきりっと顔を上げて頷きました。
 会場に静かな感動の波が伝わっていくのが感じられた、印象深い一日でした。

「性教育は人権教育」―国連・障害者権利条約にそって― 講演する北沢杏子

 

 「私と性教育なぜ?一覧」へもどる    

トップページ「北沢杏子と性を語る会」へもどる