北沢杏子のWeb連載

81回 私と性教育――なぜ?に答える 2010年11月

 

「受け止められ体験」と信頼関係の構築 その2

 

 小1男子の詩「ぼく、アメリカにいって、かのうくんとけっこんするヮ。いいか?お母さん」に続くのは、


お母さんは「いいけど、かのうくんと、そうだんしてからな」やて。


 見事に男の子の気持ちを受け止めた母親。彼が投げたボールを同じ目線で受け止めて、軽く投げ返してやる。こうした積み重ねが、親子の信頼関係に繋がるのです。

 では、次のエピソードに移りましょう。ある日、別の「児童養護施設」から中1と中2の男子を伴って、施設指導員の男性の先生がやってきました。事前の電話によると、2人のうちの1人が、施設内の女子のパンティをを盗んだ事件が発覚し、忠告しても再度繰返すため、「児童自立支援施設(旧教護院)」に措置する瀬戸際に立たされている。「なんとか食い止めたい」とのことでした。
 「ユーモア・工夫・創造……」と私は、『性暴力の理解と治療』の著者、藤岡淳子さんの言葉を反芻しました。そして、舞台正面の黒板の、前日の研修に来た先生方の質問の下に、「生徒からの質問」の欄をもうけ、下記のように板書して当日に備えました。
 @プライベート・ゾーンってなーに?Aマスターベーションをやりすぎたら頭が悪くなるってホント?B洗濯して干しておいた下着がなくなっちゃうんだけど、誰が持っていくの?変なオジサン?C勃起とか夢精はどうして?と。

 さて、ホールにやってきた問題のA君とB君は、いかにも思春期を迎えたばかりの初々しい少年たちでした。「これは、よその施設の中学生の質問だけどね」と、私はさり気なく授業を始めました。
 マスターベーションは『(自分で性欲を処理する)性の自己管理』ができている証拠で、頭が悪くなるどころか、モヤモヤしてるよりスッキリして頭がよくなるんだよ。へーえとA君。ただし、@清潔な手で、Aプライベートな場所で、が原則。フーンとB君。二人とも次第にリラックスしてきたようです。

 「次の女の子の下着が盗まれるって話だけど……」と、私は某県での講演先で「息子の下着が盗まれて困っている」と、1人のお母さんから相談を受けた話を切り出しました。「え、男子のブリーフを盗む奴がいるの?ヘンターイ」と、2人は軽蔑した様子で聴いています。私は続けました。
 しかも、家の前の畑を耕したら、汚れた息子の下着が何枚も埋めてあったんだって。で、そのお母さんは心配のあまり、近くの占師に相談に行った。すると……、「その犯人はお宅の敷居を頻繁に跨ぐ男ですよ」といわれたそう。
 実は(A君もB君も体験してると思うけど)、その男の子も夢精が始まっていたのね。で、朝起きたら汚した下着を洗濯篭に入れる勇気がなくて、自分の部屋の押入れに隠しておいたんだけど、何枚もたまっちゃって……。くせーえ!とB君。
 そう、母親にみつかって「いやらしい」といわれるのがイヤで、前の畑に穴を掘って埋めてたってわけなの。つまり、「母親が男子の性について何も知らなかったし、父親も教えなかった悲劇でした」で結ぶと、2人は口を揃えて「アホか!」

 続いてA君が「エイズはどうして、うつるの?」と質問したので、私が中・高生に教えているHIV/AIDSの授業のビデオを見せ、世界では約3,500万人が、日本でも2万人がHIV感染者やAIDS患者で、現時点ではワクチンは開発されていないので、予防にはコンドーム使用しかないこと。ビデオにもあった『コンドームの正しいつけ方10ヵ条』をよく覚えて、将来に備えよう、と伝えました。
 A君とB君は興味津々。「復習しよう」と言いだして、実際のコンドームを使っての実習を開始。私が(10ヵ条のプリント用紙で)「チェックするよ!」と告げると、実物のコンドームは初めて手にしたらしく、2人は、すげえ、べたべただ!気持ちワリーイ!などといいながら、木の模型を使って10ヵ条を真剣に、見事にやりとげました。

 「記憶力バツグン!」と私はほめちぎって、約束どおりホールの近くの中華料理店でラーメンランチをおごりました。「うめえー」「ありがとう!」別れる時間になり、2人はいつまでも手を振り、同行した男性の先生もほっとした表情でした。この奇想天外な「受けとめられ体験」――彼らは、このあと、どう変わったでしょうか?


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