北沢杏子のWeb連載
第83回 私と性教育――なぜ?に答える 2011年1月 |
エイズ ――その歴史を振り返る――U
「HIVは女性には感染しない」「“腟性交”は感染の危険性がある行為には入らない」との公報を出し続けていた米疾病管理局およびニューヨーク保健局が、これを改めたのはなんと1986年も後半に入ってからでした。後手後手に廻った女性へのエイズ予防対策のせいで、女性感染者数はあっという間に増えていきました。その一例を紹介しましょう。
アフリカ系アメリカ人のケイ・ブラウン(17)は子どものころからアメリカ軍隊に入隊するのが夢でした。高校卒業3ヵ月前の1992年2月、彼女は志願の申請をすませ、入隊審査に必要な血液検査を受けました。数日後、「入隊事務局に来るように」という連絡があり、その場でHIV陽性との告知を受けたのです。そして「HIV陽性では軍隊のどんな部門にも入れない」と、相談に行ける専門医のリストをくれただけで門前払いされました。
ということは、1990年代にはもう、10代の高校生女子の間にもHIV感染は広まっていたということです。これに対し、当時のレーガン大統領は「エイズは道徳の問題であり、自己責任の問題である。政府が金を使うような問題ではない」“感染を恐れるなら純潔を守れ”と宣言。宗教色の濃い一般市民も「結婚までは処女で」と、この提案を拍手をもって迎えたのでした。
こうした“女性へのエイズ予防対策”のおくれの結果、1984年から86年の2年間に、異性間性交で感染した女性は全感染者の20%に達しました。
医学ジャーナリストのノーウッド女史は、その著『ADVICE FOR LIFE』の中で、「いつの日にか、アメリカでのエイズの歴史が書かれるようになったとき、特記されるのは他でもない、“女性たちはだまされていた”ということだろう」と述べています。そう、“だまされていた女たち”は、黙っていませんでした。
1987年9月26日、女性のための女性による初の市民会議『女性とエイズ』集会が、ニューヨーク市・セントピーターズ教会で開かれ、私も参加しました。会場を埋め尽くしたニューヨーク各地域の女医、ソーシャルワーカー、看護師、女性運動家、作家、女性記者、一般市民たちが、次々と壇上に駆け上がって、「いまやエイズは女性問題である!」と叫びました。
女性がHIV感染者・エイズ発症者の場合、死への恐怖や社会からの偏見差別、失業、離婚のほかに、子どもへの感染を恐れて、産むか中絶するかなど、男性にはない圧力がかかってきます。
女性たちの熱いシュプレヒコールは、会場をゆるがしました。「エイズは人間関係に投げられた試金石。女たちよ、連携してエイズに立ち向かおう」「エイズ解決の道は性行動の変容のみ」「男の精液を、絶対に、からだの中に入れないようにしよう」と。
会場に溢れる女たちの熱気の中で、司会のバーバラ・ギブソン市エイズ教育担当部長の冷静な声が力強く響き渡りました。「みなさん、隣の人と互いに手をつなぎ、女の力を感じなさい。この力の環を信じて、希望を失わずに闘い抜きましょう」と。
日本ではみられない「エイズに対する女性の連帯運動」は、このあとも、各地で展開されました。
その頃、ゲイコミュニティの人びとは、「同性愛者は神への冒涜」「アメリカに不潔な病気を持ち込んだ者ども」との差別をものともせず、専門的で具体的な予防知識を学び、エデュケーターの資格を獲得し、キャンペーンを張って行政へのアプローチを続けていました。1995年、時事通信配信の各新聞記事は、私のロサンゼルスでのゲイの人びとによる“予防教育取材報告”を掲載しています。北沢さんは10月初め、カリフォルニア州ロサンゼルスの州立高校でのエイズ教育を見学した。日本ではかつて、高校の教育にコンドームを持ち込んで(1992年、NHK“おはようジャーナル”で放映)論議を引き起こした北沢さんだが、「教室で性交渉について“腟や肛門、口への性器挿入”と表現していたのには驚いた」と語る。市民団体※から派遣された20代前半のボランティアが感染経路について「口の中に傷があれば、精液や腟分泌液に含まれたウィルスで感染するリスクがある」と、女性用コンドームや、口用コンドームを生徒に見せながら説明、徹底して具体的な予防方法が示される。(略)
背景には、アメリカ西海岸地区の高校生の約2/3が性体験を持ち、キャリアーの15%以上を10代の男女が占めるという調査がある。(略)「米国では10年前に手を打っていればここまでひどい状況にならなかっただろう、と言う人が多い。日本でも今のうちに可能な限りの情報を若い人に提供しておかないと」と、北沢さんは焦りにも似た気持ちでいる。日本の現状はどうでしょうか?数年前から性教育バッシングが始まって、小学校の保健教科書でも、エイズが「性感染症」であることは伏せられ、性交、性交渉は禁句。「エイズはHIVに感染した人の血液などが、傷口などから入ることで感染する」としか記述されていません。
中学生の10%、高校生の45%が性体験ありというデータもある現在、後手後手に廻ったアメリカのAIDS予防対策と同じ道を辿るのではないでしょうか?現在、年間1,500人の新規感染者が厚労省エイズ動向委員会から発表されています。