北沢杏子のWeb連載

87回 私と性教育――なぜ?に答える 2011年5月

 

HIV/エイズの現状と問題点――学生との討議資料として――

 私の許には数年来、医大附属看護専門学校他の委託により、年間600名ほどの学生がフィールドワークとして研修にきています。学生たち(3年生)はすでに「出産」の実習なども体験し、専門的知識は十分にあるのですが、私の許では性教育、社会問題、政治、心理、司法など多岐に渡る学びを目的としており、それぞれがあらかじめ希望する課題を提出してきます。たとえば「赤ちゃんポスト」の日本とドイツの比較とか、「障害者への性教育」の日本と北欧諸国のあり方、また、自分自身の問題として知っておきたい「デートDV」「性感染症」「日本の婚姻制度」など……。
 今回は「HIV/エイズの現状と問題点」という課題が提出されたので、討議するための情報をここに記すことにしました。

■臓器移植によるHIV感染(アメリカ)
 米疾病対策センター(CDC)は、2011年3月18日、HIVに感染した男性から生体腎移植の提供を受けた移植患者がHIVに感染した症例を発表した。提供者は移植手術の79日前に受けたエイズ検査では陰性だったが、その後に感染したとみられ、彼自身も病院も知らないまま手術が行なわれた。
 移植を受けた患者は手術前の検査では陰性。手術後も感染の恐れがある行為はしていなかったが、1年後に発症し陽性が判明した。米国では現在、HIV感染者は100万人以上とされているが、臓器移植による感染は初めてだという。(朝日新聞 2011年3月20日)

■母子感染2件増(日本)
 厚生労働省は、2010年12月26日現在のHIV感染者の累計は12,623人、エイズ患者(発症した人)の累計は5,783人と発表。なお、凝固因子製剤による感染者(薬害エイズ)は1,439人で、感染者・患者の総累計数は19,842人となった。日本での新規感染者は年間1,500人と推定されるので、2011年5月には(4半期毎に情報が発表される)2万人を軽く超えているのではないか。
 ここで問題にしたいのは、2010年3月末までの母子感染は長い間32人だったのが、2010年6月末に1人増えて33人、同年12月末には、また1人増えて34人となっていることだ。
 長い期間32人で止まっていたのは、HIV感染者の母親が出産する場合、妊娠満期の40週前後の経腟分娩から※、妊娠37週未満までの帝王切開出産に切りかえたから――と聞いている。
 陣痛で起こる胎盤剥離による子宮内出血で胎児(新生児)がHIVの血液を浴びて感染、または経腟分娩での腟の裂傷による血液感染がその原因だったとわかり、帝王切開に切りかえたのだという。
 37週以前の帝王切開出産なら母子感染はないため、長年無事だったのが、ここにきて2件もの新生児感染が報告されたのはなぜか?専門分野に質問したところ、妊娠中に定期健診を受けず、“飛び込み出産”だということがわかった。
 定期健診を受けてさえいれば、母親のHIV感染は判明していたに違いない。検診を受けなかった理由はどこにあるのか?
 誰にも相談できない10代の妊娠、未婚女性の妊娠、夫のDV、経済的貧困などが考えられる。つまり、妊娠・出産に関する情報不足と、行政による支援の皆無に原因があるとみてよいのではないか?

■MSMがHIV感染ハイリスク群の2位
 UN AIDSの『HIV/AIDS最新情報』によれば※※、世界のHIV感染者・患者の推定数は(2008年末現在)3,340万人で、うち15歳未満の子どもは210万人。2008年度の死亡者数は200万人、うち子どもは28万人となっている。
 このUN AIDS情報のデータで驚かされたことは、最新の調査で判明した感染経路である。感染のハイリスク群はIDM(注射器による薬物使用者)、MSM(男性とセックスする男性)、セックスワーカー(売春男性も含む)、受刑者(刑務所内の性虐待・性支配による)、移住労働者(出稼ぎ男性の買春、出稼ぎ女性の売春)、ソマリア、エジプト、エチオピア他の慣習的「児童婚」や少女への「性器切除(FGM)」の順となっている。
 MSMについては、日本の厚生労働省の発表でも、HIV感染者の累計は異性間の性的接触による者3,838人に対し、同性間の性的接触による者(両性間性的接触も含む)は6,658人と、UN AIDS情報を実証している。MSMについて、なぜ、そういうことが行なわれているのか?指向的(性的オリエンテーション)、心理的、社会的背景を知る必要があるのではないか?

 以上、学生対象のフィールドワークの際、討論すべく、記述した次第である。


※HIVに感染している母親が経腟分娩の場合、母子感染率は97%

※※UNAIDSレポート「世界のエイズ流行」2010年版 
 2009年11月23日、ジュネーブにある国連合同エイズ計画(UNAIDS)より、各国から集めたカントリーレポートをもとに、世界のエイズ流行の現状と課題をまとめ、「GLOBAL REPORT UNAIDS Report on the global AIDS epidemic 2010」(360頁)と題する報告書が発表された。



 「私と性教育なぜ?一覧」へもどる    

トップページ「北沢杏子と性を語る会」へもどる