北沢杏子のWeb連載
第93回 私と性教育――なぜ?に答える 2011年11月 |
七生養護学校「こころとからだの学習 裁判」東京高裁 勝訴!報告
去る9月16日(2011年)、七生養護学校(現・七生特別支援学校)の「こころとからだの学習 裁判」第2審(東京高等裁判所・大橋宣明裁判長)は、「本件各控訴をいづれも棄却する」との短い判決文が読み上げられ閉廷しました。ということは、第1審判決(2009年3月12日)の勝訴が維持されたことであり、『再び勝訴!』です。「各控訴」の各とは、被告・東京都教育委員会、東京都議3名、産経新聞記者1名。原告・旧七生養護学校教職員と保護者の31名の控訴を指します。この裁判の経緯を説明しましょう。
七生特別支援学校は、知的障害児が学ぶ学校で、隣接の七生福祉園(児童養護施設)の知的障害児がクラスの50%を占めています。特に施設から通ってくる児童・生徒は、幼児期からの虐待やネグレクトなど、さまざまな成育歴を抱えている子どもも少なくないため、自己肯定感が低く、思春期にさしかかると児童・生徒間の性的問題行動が、しばしば暴発するのでした。教職員たちは、この子どもたちに「いのちの大切さ」と思いやりの心、自己肯定感と「生きる力」を与えたいと考えました。そして試行錯誤の末に行き着いたのが「性教育」だったのです。
とはいえ、知的障害を持つ子どもたちですから、その指導法も教材も、耳で聴き目で見て理解できる具体的なものでなければなりません。そこで、「からだうた」でからだの各部位の名称を覚える。手作りの子宮体験袋にもぐり込んで、自分がお母さんのどこからどう生まれてきたかを実感させる。高等部の生徒には、社会に出た後に困らないよう、性交・妊娠・避妊などの知識を身につけさせようと、さまざまな工夫をこらしました。ところが突然、以下のような事件が起こったのです。
@2003年7月2日の東京都議会本会議の席上、“日本の家庭を守る地方議員の会”の土屋都議が、七生養護学校の指導を例に「不適切な性教育」として質問。横山教育長(当時)は、ただちに是正と教材廃棄を答弁。A同年7月4日、土屋、古賀、田代の3都議らが産経新聞記者を同行させて七生養護学校を「視察」。同紙は翌朝『過激な性教育、まるでアダルトショップのよう』と報道。Bその直後、指導主事が大挙して押しかけ、全教職員から「事情聴取」。C七生の性教育教材の「没収」、授業の監視、年間指導計画の改悪。Dついで都立養護学校全校を調査。教育内容、学級編成、勤務時間、研修などすべてを「不適切」として不当処分。E同年9月11日、七生の前校長(金崎 満氏)の降格をはじめ116名に上る大量処分を強行。F同年10月23日、管理職権限の強化と、都教委の意に沿わない管理職対する「処分」ルールを確立――と、強引に学校教育に介入してきたのです。こうして2005年5月12日、上記原告31人が、東京地裁に提訴。4年後の2009年3月12日の判決(矢尾 渉裁判長)で、「(政治の)教育への不当介入」だとして勝訴したのでした。
今回の判決文での注目すべき点を(紙幅の都合で)1つだけ挙げてみます。都教委は七生の性教育を“学習指導要領”で規定した「発達段階に応じた教育」を逸脱した教育だと主張しました。が、知的障害児も思春期になると健常児と同じく、性的に成熟してきます。ただ理解力、表現力、適応力が十分に備わっていないが故に、ともすると性的被害者、あるいは加害者になる心配があります。ですから、より早い時期に、より具体的な(視覚に訴える教材を使っての)指導を繰返し行なう必要があり、これこそが『障害児の“発達段階に応じた教育”であるという考え方も十分に成り立ち得る』と指摘した点です。
第2審の判決後、私は傍聴席から、七生の元教諭で原告団長の日暮かをるさんの許に駆け寄り、互いに涙、涙の握手を交わしました。彼女はそのあとの記者会見で「七生での取り組みが高裁でも認められたことは嬉しいが、問題が起きてから8年間、性教育がストップした。(性教育が受けられない児童・生徒のことを考えると)失ったものは大きい」と語っています。
被告側は即上告、原告側も受けて立つのは明らか。次は最高裁の判決がどう出るかです。「日の丸・君が代の強制」や、「新しい歴史教科書をつくる会」系の中学校社会科(歴史・公民)の教科書採択問題など、教育への不当な介入が広がっている現在ですが「こころとからだの学習」裁判は絶対に勝たなければ!読者のみなさんも応援してください。