北沢杏子のWeb連載
第97回 私と性教育――なぜ?に答える 2012年3月 |
これでいいのか?少年に死刑判決!
■元少年の死刑確定――犯行時18歳1ヵ月
2012年2月20日、山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件の差し戻し後の上告審――最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は、犯行当時18歳と1ヵ月の少年O被告の上告・棄却を言い渡しました。本来なら「少年法」の精神にのっとって、十分に可塑性(更生の可能性)のある少年に、死刑の判決を下すべきではないと私は考えており、この報道には大きなショックを禁じ得ません。
私が代表を務める「性を語る会」(設立1987年)は、2009年8月から2011年7月まで、連続8回の「少年事件」に関するシンポジウムを開いてきました。その記録は機関誌93〜100号として発行。特に2009年5月から施行された裁判員制度の“3年後の見直し”の期間に入った2011年のシンポジウムでは、『少年に死刑判決、これでいいのか?裁判員裁判』のタイトルで、少年事件に詳しい、もと共同通信社記者の横川和夫氏をゲストに迎え、私が質問する形で、1997年に起きた児童連続殺傷事件(酒鬼薔薇事件・犯行時14歳の中学生)以降、急速に厳罰化に舵を切った「少年法」の現状に迫りました。
この日、例として取り上げたのが、2010年2月に起きた石巻市の3人殺傷事件(犯行時18歳7ヵ月の元解体工)、今回の光市母子殺害事件、そして裁判員制度施行以降、突然クローズアップされてきた「永山基準」の永山則夫の4人射殺事件(犯行時19歳)の3件です。
■少年事件に共通の過酷な成育歴
この犯行時少年だった3人には共通した過酷な成育歴がありました。紙幅の都合で光市母子殺害事件のO少年の生い立ちを解説します。父親と母親は見合いで知り合い、母親は結婚前に、夫になる男から無理矢理強姦されて産婦人科病院に入院。結婚後も夫の暴力(DV)を、何度も実家に訴えています。夫は給料をギャンブルに使い、妻の実家から借金し、日夜妻子に暴力をふるっていました。
O少年が小学校入学式の当日も、父親は母親に暴力を加え、少年が母親の前に立ちはだかると、父親は少年を虐待し失神させた。やがて母親は精神疾患から自殺未遂を繰返し、少年が中1のときにガレージで首吊り自殺をします。
父親は少年に命じて母親を地面に抱き降ろさせ、失禁していた母親の体を拭かせるなど、非情な扱いを行なった。父親は妻の自殺後、フィリピン人女性と再婚、男児出生。少年は父親の虐待を避けて家出を繰返し、高校卒業と同時に水道配管設備会社に就職します。
ところが、就職して10日目、(検察側の調書によると)“水道管の戸別点検”を口実に団地内の各戸をまわったあげく、7棟4階に住む本村さん宅にあがり、生後11ヵ月の乳児を抱いてテレビを見ていた本村さんの妻(23)に背後から抱きつく。激しく抵抗されたため、首を絞めて窒息死させ強姦。這ってきた乳児をも、首に紐を巻きつけて窒息死させ、財布を盗むという、罪状“殺人強姦致死窃盗”でした。
裁判の結果は、山口地方裁判所は無期懲役、広島高裁も無期懲役で、このまま無期懲役かと思われていた矢先、検察側が上告。最高裁は「少年であっても殺人は同罪」という世論に配慮してか、広島高裁に「差し戻し」、広島高裁は死刑判決を下したのです。
■最高裁、裁判官全員一致でない異例の極刑確定
1989年12月、国連総会で「死刑廃止条約」が採択され、1991年7月に発効しました。これを受けて現在、世界の2/3の国が死刑制度廃止、または執行を停止しています。が、日本政府はこの条約の採択に反対し、批准していません。
今回の光市母子殺害事件の極刑判決のもう一つの問題点は「死刑判決は裁判官全員一致でなければならない」とする不文律を変更するものであり、強く非難したいと思います。
最高裁の4人の裁判官のうちの1人、宮川光治裁判官は、次のような反対意見を述べています。「被告は犯行時18歳だったが、その年齢の少年に比べ、精神的・道徳的成熟度が相当程度に低く、幼い状態だったことをうかがわせる証拠が少なからず存在する。そうした事実が証拠上認定できれば、第一次上告審判がいう“死刑の選択を回避するに足る特に酌量すべき事情”に該当しうる」。「被告の人格形成や精神の発達に、成育歴がどのように影響を与えたのかや、犯行時の精神成熟度のレベルについて審理を尽くし、再度、量刑判断をするべきだ」と。
さらに、立命館大学 野田正人教授は「“児童虐待防止法”が成立し、いま、虐待など生い立ちのマイナス部分が人格を歪めるという考えが意識されるようになってきている(略)。虐待による人格形成への影響を、もっと刑事裁判や少年審判の中で正当に評価していくべきだ」と述べています。
児童虐待対応専門委員に任命されている私も、まったく同じ考えです。読者の皆さんは、どうお考えですか?