今回は、月替りメッセージ「もし、わが子が、生徒が犯罪に巻き込まれたら?――少年犯罪と取り調べの可視化――」そのT(2011年1月)、そのU(2011年2月)の続きです。
2009年6月13日、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長の村木厚子さん(54)は、突然、大阪地検特捜部からの電話を受け、何事かと大阪に向かった。指定の14日は、日曜日だったので、13日にホテルに入り、翌早朝、検察庁へ。10時から取り調べが始まり、17時30分逮捕。裁判所で拘留の手続きを受け、以降20日間にわたり地検の検事による尋問と調書への押印の強制。手錠と腰縄をつけられ拘置所と裁判所を往復して「公判前整理手続き」が行なわれた。
この事件は、彼女が2004年6月、自称障害者団体「凛の会」倉沢会長の依頼を受け、障害者団体でないことを知りながら、部下の上村係長に指示して「偽の障害者団体証明書を作成(押印)した」というもので、容疑は『虚偽有印公文書作成・同行使』だった。
事件発覚の発端は、家電量販店や印刷・通販会社などが、障害者団体向けの郵便割引き制度を悪用し、2005年以降だけでも、不正に送付された郵便物は約7,500万通。まぬかれた郵便料金は約80億円にものぼったため、偽証明書発行の真相究明に乗り出したことによって発覚した中の1件である。
彼女が連行された大阪地検特捜部の取り調べは、あらかじめ見立てというシナリオを創り、それにあわせて被疑者の供述を引き出す技術をもった検事を「割り屋」と呼んで、昇進が保障されるという、古くからの歴史があった。
村木さんを最初に取り調べたのは遠藤検事で、@「凛の会」の倉沢会長に何か頼まれごとをされなかったか?A政治家や上司から指示され、それを受けて公的証明書の発行を部下に指示しなかったか?Bできあがった証明書を部下から受け取り、「凛の会」に渡さなかったか?の3点。この検察側のシナリオは、「“凛の会”の倉沢が、かつて秘書をつとめた石井議員を通して村木さんに依頼、村木さんが部下の上村係長に偽の証明書を作らせた」というものだった。
その取調べ技法は巧妙なもので、例えば「あなたの部下の上村さん(すでに逮捕・拘留され尋問を受けている)は真面目な人ですよね?」「上司から言われたことで、彼が追い詰められたら可哀想ですよね?」と聞くので「もしそうだったら可哀想ですね」と答えると、すぐさま次のような調書が出来上るという寸法だった。『私は今回のことに大変責任を感じております。私の指示がきっかけで、こういうことが起こってしまいました。上村さんはとても真面目な人で、自分から悪いことをやるような人ではありません』と。驚いた彼女は、もちろんサインを拒否したが、さらに、検事から「(軽い罪だから)執行猶予がつけば大したことはないですよ」とも言われ、彼女は、そのあまりの横柄さに「検事さんにとては“大したことではない”かもしれないが、私にとっては、30年間やってきた公務員としての信用を失うかどうかの大問題です」と泣いて訴えたという。
紙幅の都合で話は飛ぶが※、2010年9月10日、大阪地裁で、判決公判(横田信之裁判長)が行なわれた。「被告人は無罪!」逮捕されたあの日から453日。わたしは決して屈しない!と頑張ってきた結果だった。
数回に及ぶ公判廷で、石井議員は「凛の会」の倉沢が会って依頼したという日は、ゴルフ場にいたことが立証されたし、上村元係長は「検事から再逮捕をちらつかされ、拘留が長くなると言われて、嘘の証言をしてしまいました」と涙ながらに訴え、その他の陳述・証言によって無罪が確定したのだった。
続いて大阪地検特捜部の前田検事が、上村係長のフロッピーディスク(FD)を押収。FDに記録された最終更新日時を、自分たちのシナリオにあわせて改ざんし※※、「FDに時限爆弾を仕掛けた。プロパティ(最終更新日時)を変えた」と同僚に自慢したこと。さらに、この事実を知りながら、「知らぬ存ぜぬ」とシラを切った大阪地検特捜部の上司2人も「犯人隠避」の容疑で起訴された。
無罪が確定した村木厚子さんは1ヵ月後、内閣府政策統括官として復職。岡崎トミ子少子化担当相を主査とした『待機児童ゼロ特命チーム』に起用された。彼女自身、キャリア官僚として働きながら2人の娘を育ててきただけに、一向に改善しない“子育て環境”をなんとかしたいという思いは人一倍強い。「この仕事、楽しいんですよ」と穏やかに話す彼女の裡に秘められた、逮捕から保釈までの163日間に及ぶ身柄拘束と、密室での執拗な訊問と脅迫の体験は、冤罪絶滅への決意を固くしたようだ。2011年1月27日、江田法相が設置した『検察の在り方検討会議』に出席した村木さんは、「検察の調書がまともなものかどうかを担保するために、取り調べの全面可視化は必要」「取り調べの際に弁護士が立ち会うことも認めるべきだ」と提言。さらに「検察側は、裁判に勝つことを使命としている体質を改め、真実を明らかにする義務を負っていることを定義づけて、軌道修正するべきだ!」と厳しく検察改革を迫った。
わたしは屈しない!私たち一人ひとりも、このあとに続こうではないか。
参考資料:朝日新聞、しんぶん赤旗、文藝春秋(2010年10月号)
※2009年11月24日、保釈。保釈金は1,500万円という高額だった。
※※大阪地検・元前田検事=証拠隠滅罪=が、郵便不正事件の捜査で、厚労省元上村係長から押収したフロッピーディスク(FD)内の文書の「最新更新日時」を、2004年6月1日から6月8日に改ざん、さらに記録の1ページと2ページを入れ替えた事件。
最高検は、この行為も「見立て」にあわせようとした証拠改ざんにあたると認定した。
感想をお寄せください
|