北沢杏子のWeb連載
第84回 私と性教育――なぜ?に答える 2011年2月 |
愛とは、相手を思いやる心だと知りました!
今回のお話は、第80回、81回に続く、児童福祉施設の子どもたちのエピソードです。
ある日、私が常時講座を開いているアーニ出版・ホールに、児童自立支援施設(旧・教護院)から、担当教官に連れられて、高校生男子2人と女子1人がやってきました。施設内で性的問題行動を起こすこの子たちを「なんとかしたい」と、あらかじめ電話を受けていましたが、私はいつも、あえて内容を訊かないことにしています。
というのも、この子たちと信頼関係を結ぶには、こちら側に『ゆとりとユーモア、工夫と創造こそが必要※』であり、この子たちが繰返している性的問題行動への先入観を持たないことが、教育効果を上げると考えるからです。
さて、アーニホールの正面舞台には、大きなスクリーンがあって、視聴覚教材のビデオが映写されるようになっており、客席を囲む壁面には、ぐるりとマグネット式の性教育教材や、私が国際協力機構(JICA)の仕事をしている関係で毎年、世界の途上各国からやってくる研修員たちの記録写真などが貼りめぐらされています。
その日はちょうど、メキシコで『気候変動枠組み条約第16回締約国会議(COP16)』が開かれていたことから、まず、私が作った紙芝居教材を手にした太平洋諸島・ツバルから来た男性研修員が、何か叫んでいる写真の前に3人の高校生を案内しました。
そして、「ツバルのこの人、なんと言ってると思う?」と訊きました。すると、施設内の学校で習ったばかりなのか、「ツバルだったら、地球温暖化反対!って言ってるんじゃないか」とA君。B君も「うん、温暖化で島が海に沈んじゃうんだ」と答えました。この時事問題を理解している立派な回答に、こちらもびっくり。教官も満足そうです。
ところで、実は、その手にした紙芝居はHIV/エイズ予防の教育教材で、『コンドームなしのSEXはNO !』と叫んでいるのです。JICAのワークショップには各国の政府・保健部門担当員やNGOの人びとが参加するので、それぞれの国の言葉で叫ぶことになっていて、この写真の彼はツバル語で「コンドームなしのSEXは、サキッ !」と叫んでいるのです。
私は高校生たちに言いました。「いろんな国のNO !の原語は覚えてないけど、ツバル語だけは覚えてるのよ。どうしてかわかる?」「わかんない。どうして?」とC子さん。「ハッハッハ。私はお酒が好きだから、サケ……サケ……サキ!って覚えちゃったんだ」。「え、酒が好きなの」「やべえ」とA君、B君。これですっかり緊張がほぐれて、私の性教育の授業――望まない妊娠やHIV/エイズを含む性感染症予防のための『コンドームの正しいつけ方10ヵ条』を教えている場面を編集したビデオ『正しく知る!妊娠・避妊Q&A』を上映。
終わってから、『正しいつけ方10ヵ条』の実習を行なわせ、「上出来、上出来!」とほめて、この日の授業は終了。教官も“ごほうび”に、「帰りに駅前のマクドナルドでおごるな」と、この問題児たちを包み込むような笑顔で帰っていきました。
後日、彼らから感想文が送られてきましたが、これがまたユニーク。A君は「僕はコンドームを思いついた人はすごいなと思いました。そもそもSEXし、性病になって、それからコンドームを考案したのだろうと思います(略)。でも、今はコンドームが普及しているので、ある程度は防げますが、性病になった人はかわいそうだなと思いました。それにしても、やっぱりコンドームを発見した人はすごいなと思います。僕もこの先SEXする時は、コンドームを正しく使っていきたいです」と書いています。
さらに感動したのは、C子さんの感想文でした。
「私は今まで平気で自分の体を売っていました。その上、ナマでSEXをしていました。ナマでSEXすると性感染症になるなんて知らずにやっていたのでバカだったなと思います。私の今の彼は、いつもコンドームをつけています。彼は私を妊娠させないように、きちんとマナーを知っている。けど私は知らなかった。ほんとうの愛とは、相手を思いやる心を持つことだと思いました。(略)彼に出会えてよかったです。もう私は自分の体を売りません。彼としかしません。つまり、自分を大切に思ってくれる人を大切にしたいと思いました」。
たぶん彼女は常習的に「援助交際」をしていて、施設に措置されたのでしょう。ともあれ、こんなささいな私の授業で、男子も女子もコンドームをつけることで「自分を大切に、相手も大切に」と素直な感想文を送ってくれたことが嬉しく、(甘いかもしれませんが)これからも、この仕事を「ゆとりとユーモア、工夫と創造」をもって続けていこうと思ったことでした。
※『性暴力の理解と治療教育』藤岡淳子著 誠信書房刊