北沢杏子のWeb連載

86回 私と性教育――なぜ?に答える 2011年4月

 

こうのとりのゆりかご検証会議報告
「こうのとりのゆりかご」が問いかけるもの そのU

 今回は、月替りメッセージ「あかちゃんポスト 日本とドイツの違いを考える 」そのT(2007年10月)そのU(2007年11月)に続く報告です。

 「こうのとりのゆりかご(以下 ゆりかご)」は、運営が開始された2007年5月10日から半月後の5月26日、熊本県弁護士会主催のフォーラムを開き、匿名性や子どもの権利についての意見交換が行なわれました。代表的な意見としては、
@親が子どもを殺すか生かすかというパニック状態のとき、助けを求める最後の砦として匿名で預けられることは重要。子どもには出自を知る権利はあるが、生きる権利がより重要だ。(蓮田理事長)
A子どもは思春期になると自分のルーツ(出自)を知りたがる。匿名性は難しい問題。(県中央児童相談所・黒田課長)
B「ゆりかご」は現行の法体系の枠を超えており、制度には組み込めない。今後とも検討してゆきたい。(設置を許可した熊本市・末廣審議員)
などが挙げられました。そして運営開始から2年半後の2009年11月、「検証会議※」による検証報告が発表されたのです。

 @について:ゆりかご事件が発生すると、県中央児童相談所の職員が昼夜を問わず駆けつけ、子どもの保護を行ない、乳児院(2歳まで)や児童養護施設への入所の措置をとります。
 「匿名性」であることは、パニック状態の母親にとって有益ではあるものの、何の手がかりもなく預けられたあかちゃんは、そのままでは無戸籍児になってしまうため、県知事によって推定生年月日、推定出生場所を記載。氏名がつけられ、戸籍と住民票が作られます。それがなければ、“子ども手当て”はもちろん、定期健康検診や予防接種も受けられません。また、里親や養子縁組を希望する夫婦が現れたとしても、これらの戸籍簿他が揃っていないと成立しないのです。
 「ゆりかご」では、こうした経験から、あかちゃんを置いていく扉のわきに、24時間電話相談の電話番号を記した『ひとりで悩まないで!SOS赤ちゃんとお母さんの相談室』カードや、「両親に宛てた手紙」を置くことにしました。
 これで、手がかりがつかめるようになり、2007年5月から2009年9月までの2年と5ヵ月の間に預けられた51人のあかちゃんのうち、(警察による捜査も含めて)39人(76.5%)の親の状況が判明。その結果、利用層は幅広く、さまざまなニーズがあることがわかってきたのでした。

 Aについて:ゆりかごの匿名性は、預けられた子どもに、出自を知る手がかりがなく、成長の過程で自己のアイデンティティがゆらぐ人生を歩む可能性もあります。こうした子どもの知る権利を保障するためには「匿名性を極力控えなければならない」と、慈恵病院はホームページを書き直しました。
 2009年1月中旬までのホームページには「どうしても自分では育てられないと悩む場合には匿名であかちゃんを預けられる」とあったのが、その後「ここは正しくは“新生児相談室”という相談業務が本来の業務です。(略)もし、あかちゃんを預かったとしたら規則によって、熊本県南警察署、県児童相談所、さらに熊本市に通報。あかちゃんは児相を通して乳児院に引き取られ、そこで育てられることになります。(略)ここはあかちゃんを預かることが目的ではなく、相談を受け、一緒になって考え、解決策を見つける“新生児相談室”であることを充分にご理解いただきたいと思います」と変更されています。

Bについて:2年と5ヵ月に渡るさまざまな検証の結果、これらの解決策として法体系に組み込むことは不可能という結論に達したようです。というのも、ゆりかごの存在が「顔の見える相談手続き」を忌避させ、社会的に「倫理観の劣化」を拡大させるという批判も少なくなかったからです。
 また、費用の面からも、設備の維持費および預けられた子どもの医療費が年間350万円、「ゆりかご」対応と24時間相談対応のための人件費(助産師3名が輪番で対応)が年間800万円と、膨大なものであることも、公的施設では無理となったようです。

 ともあれ、検証会議の提言および要望は、@国による「妊娠期からの相談体制や緊急対応を含む総合的体制の整備」 A「問題のある妊娠・出産対応のシェルターの整備」 B「妊娠・出産・母子の保護のための連携の拠点となるナショナルセンターの設置」などで、『できれば全国に、悩める妊産婦が安心して相談できる専門の相談所と、一時避難ができる場所・機能をもったシェルターの設置を望みたい』というものでした。とはいえ、こうした要望が果たして実現可能といえるでしょうか?

 「こうのとりのゆりかご」が問いかけるもの――それは、私の理念である「人権教育としての性教育」の、教育現場での徹底した実践より他はないと考えるのですが、読者の皆さんは、どうお考えでしょうか?意見をお寄せください。

※検証会議=座長 柏木霊峰・淑徳大学総合福祉学部教授他、医師、弁護士、
 福祉専門家他8名で構成


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